5月、会社の健康診断にやってきた男性。いかにも矢沢永吉ファンの出で立ち。話しやすそうな方だったので、やっとこのチャンスが回ってきたとほくそ笑み、実は私、9月14日生まれなんですよ、と言ってみた。そしたらその方、ええ!と理想的に驚いてくださった。矢沢永吉さんは自分の誕生日を大切にしていて、バースデーコンサートを何年も行って来た。9月14日は矢沢永吉さんの誕生日なのである。健康診断にやってきた彼も9月生まれだったが、14日ではない。わはは。矢沢永吉ファンの彼は永ちゃんがキャロルの時からのファン、筋金入りである。そもそも私が誕生日のことを知ったのは、小学校低学年の時だ。親戚の少し年上のお兄ちゃんが、母親が商店に勤めてる関係で少年雑誌を3冊も買ってもらっていて、読み終わると小学校低学年の私に全てくれていた。少年ジャンプ、少年マガジン、少年サンデー、本が好きだった私は喜んでいただいていた。少年サンデーやマガジンに当時、掲載されていたおそ松くんや天才バカボンに矢沢永吉の話が出てきて、赤塚不二雄は矢沢永吉のファンなんだと思っていたら、赤塚不二夫も9月14日生まれだった。同じ誕生日つながりで漫画の話題に出てきたのだと思う。私は衝撃的に嬉しかったの覚えている。少年雑誌の中には、小学生には読みにくい劇画もあったし、永井豪さんのエッチな漫画も含まれていた。小学生には読みにくいので、その辺は飛ばして読んでいたけれども、はだしのゲン、おれは直角、ダメおやじ、トイレット博士、ど根性ガエル、愛と誠、名作満載。時は遡り、私が中学生の時、矢沢永吉の著書、成り上がり がベストセラーになった。もちろん1番に読んだ。感動した。さらに時はさかのぼり、私が30代の頃のころ、先代の父、ひろゆきくんは、とても人の良い人でしたので、お決まりの詐欺にあって、大きな借金を抱えました。父には、その時は返済能力はなく、私にかかってきたのですが、だいぶ前になりますけどね、ちゃんと無事完済いたしました。矢沢永吉さんも大きな借金を完済した事は有名な話です。これで私の人生も、永ちゃんとシンクロ、ロックじゃないか!
父ったら、保証人のハンコ押しちゃったわけなんですが、その押させた人ってね、今じゃ愛知県で介護施設を運営し、伊賀の何とかランドの社長になってるんですけど、これって、、、理不尽じゃん。




